アルツハイマー 移りゆく景色の中で

若年性アルツハイマーブログ(要)介護日記です。

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NHKスペシャル介護殺人 当事者たちの忸怩たる涙の告白

      2016/07/04

NHKスペシャル介護殺人

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私自身が若年性アルツハイマーの要介護者でありながら母親の認知症の介護者でもあり、まさに大介護時代における変則ダブル介護の立場で、NHKスペシャル「介護殺人、当事者たちの告白」を、明日はわが身と思いつつ親娘三代で見ました。

再放送は7月12日深夜24:00からです。

NHKスペシャル介護殺人 当事者たちの告白引用:http://www.nhk.or.jp/d-navi/link/kaigosatsujin/

配偶者に手をかけけてしまった当事者たちの告白。

番組冒頭の介護殺人の受刑者の獄中の生声は衝撃でした。
「私は、自分を産んでくれた大事な母親を殺めてしまいました」と、まさに忸怩たる涙から始まりました。

昨今、2週間に一度起きている介護殺人(介護疲れ殺人)が、毎週のようにニュース報道されていながらも、番組を見るまでは、やはりどこか別世界で起きている事犯としか思えませんでした。

そんな中、NHKの取材138件のうち、番組出演者の方は、一線を越えてしまってインタビューの目的を・・・

「二度と自分たちのような事件を起こして欲しくない」

という理由から、同じような環境、介護者の孤独な境遇を語り、そして最後「自ら手にかけてしまった」家族への想いを語ります。

介護疲れで事件を起こし悔悟の念の肉声。

130人余りの事件取材の中から、11名の当事者の方の心情吐露は、どれも心の奥まで響きました。

「まさかこの手で、親を殺めるとは思いもしませんでした」
「取調官に、生きて償いなさいと言われました」
「生きるのが辛いという妻に対し、ブレーキが効かなかった」
「眠っている間に、このまま死んでくれたらと、母親に枕を被せたこともありました」等。

私自身も、介護生活4年に要介護者と2年を迎えようとしていますが、どんなことがあっても人として越えてはならない一線があるということを前提として、それでも尚且つ究極の絶望感と生きることへの執着が失われた時に、人は最愛の人さえ「手をかけてしまう」極限の状態があることを、理解はできないまでも知ることができました。

逃れられない介護者。

意思の疎通さえできなくなった認知症の母親の介護で、精神的に限界に達しながらも、他の家族の中でも「働いていない自分」だけが、その母親の面倒を見るしかないと、逃げ場所がなく、最後「殺めてしまいます」

その胸中を語る、手のひらには大粒の涙がこぼれていました。

要介護者と介護者との意思の疎通のない、周囲から取り残された孤独な世界が手に取るように伝わってきました。

介護殺人 老老介護の現実

最近の主な介護殺人(介護疲れ)の傾向と事件。

傾向として驚いたのは、長年の介護疲れで起こる事件より、介護を始めて1年以内の事件のほうが多いことでした。

その落差に、心身ともに追い詰められて一線を越えてしまうとのことでした。

最近の主な介護殺人事件で、印象深い介護(疲れ)のは、2006念に京都府で起きた認知症の母親の介護に疲れ桂川河川敷で、息子が母親を殺めてしまった事件。

記憶に新しいところでは、番組でも取り上げられた埼玉県小川町での事件は、認知症の妻を殺めて、自らも食事を拒み衰弱死(自死)された事件があります。

この2件のように、長期の介護疲れにより経済的にも追い詰められての無理心中というイメージをもっていたのですが、現実はそうでもないということも知りました。

 icon-check-square-o 日本では、介護殺人事例の公式統計は発表されていません。

高齢者虐待と介護疲れ殺人の研究で知られている日本福祉大学(愛知県美浜町)社会福祉学部の湯原悦子准教授(司法福祉論)によりますと・・・

日本福祉大学 湯原悦子 推教授
介護に行き詰まって60歳以上の高齢者がその家族・介護者に殺害されたり心中したりする死亡事例(事件)が1998年からの14年間で国内において少なくとも550件発生し、計558人も亡くなっていることが判明している。その実態について湯原准教授は「(介護疲れ殺人の)実数はさらに多いはず」

引用:日本福祉大学 湯原准教授

とのことですので、それだけ今回の介護殺人当事者の告白・吐露は心に響くものがありました。

根底にある殺害理由と忸怩たる涙。

視聴して感じたのは、表面的にはもちろん介護疲れ、生活の行き詰まりによる生活苦からの解放されたく「死」あるいは「心中」という選択をされるわけですが、(事実、私はそう思っていました)

しかし、その根底にあるものは「忸怩たる涙」と思いました。
人を殺めるという大罪、まして長年のパートナーを殺めるという大それた事をを犯しておきながらも、その根底にある気持ちは「誰にも迷惑かけたくない」あるいは「これ以上忍びない」という、ある種の優しさでした。

そういった意味で、人の尊厳さえも考えさせられました。

私の母親も、もはや人の尊厳という側面から接すると憐れに思うこともありますし、やがて私も記憶をなくし人格さえ消え去った時に、娘(孫)に対して親の尊厳を維持できるわけもなく、それであれば自ら「死なせてくれ」と言うかもしれません。

それは、やはり出演者の多くが語られた「迷惑をかけれない」という気持ちです。
ですが、一方の介護者からすれば、居てくれるだけでありがたいとなるわけですが、介護殺人まで追い込まれると綺麗ごとでは済まない、その境地でしか思考できないであろうものを感じました。
介護殺人予告動画引用:NHKスペシャル 

つまり、今は平常な思考でいても、いつジリジリと精神の限界まで、どのように追い込まれていくか分からないのが介護殺人の実態と思いました。

介護殺人の刑罰。

介護殺人といえど、当然殺人事件ですので殺人罪の刑罰を科せられます。
法定刑は死刑または無期懲役もしくは5年以上の懲役刑です。

しかしながら温情判決といわれ、情状酌量を汲んでの「執行猶予判決」も判例としてあります。

 icon-check-square-o 温情判決(執行猶予)とされる4要件。

温情判決・執行猶予が付される介護殺人

・長年の献身的な介護による疲弊
・要介護者からの「殺害依頼・承諾」
・生活保護等の行政サービスを受けていること(それでも尚且つ・・・)
・他の家族(遺族)が処罰を望んでいない

まとめ。

これからますますの高齢化社会に比例するように、老後の経済問題も踏まえてしのび寄る老後破産の現実問題も抱える中、老齢介護問題と合わせて介護殺人(介護疲れ)問題は減ることはないと思います。

我が家のような特殊な変則ダブル介護も増えるでしょうし、まして貧困化しているといわれている団塊世代が、大介護時代の要介護者の立場となった時、日本社会の高齢者福祉政策はより繊細なケアが必要と、改めて思わさせられは、心の奥に響き残り、同じ境遇一歩手前かもしれないという危機意識を持って、様々な当事者それぞれの一線が教訓になればと思いました。

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